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第18回熊本ペインクリニック懇話会 平成12年9月12日(火)
九州記念病院
1、顔面神性フロックと内服でコントロール中の
有痛性けいれん性チックの一例
熊本地域医療センター麻酔科
尾崎真理、成松紀子、高群博之、田上 正
三叉神経痛と同時に片側顔面痙撃を合併したものを有痛性けいれん性チック(Painful tic convulsif)という。かかる例ではほとんどの場合、拡張した、または動脈瘤様血管奇形が後頭蓋窩にみられるという。脳腫瘍が原因のこともある。
【症例】69歳女性、身長152cm、体重48s
【現病歴】64歳頃から右顔面痙畢があった。69歳になり右下顎部に誘因なく数秒間のビリッとする痛みが5〜6回/日生じるようになり当センターペインクリニック外来受診した。
【既往歴】30歳時に腎炎、この頃から右片頭痛が月1-2回生じ62歳頃から強くなり内服コントロール中(塩酸ロメリジン、クリアミン")。63歳時高血圧、うつ傾向指摘され内服中(プロプラノール、マレイン酸フルボキサミン)。
【初診時神経学的所見】
◇右三叉神経第3枝領域に数秒から数十秒続く電撃痛が誘因なく生じ、トリガーポイントがはっきりしない。
◇右外眼角、右眼瞼から右口角にかけて不随意運動が生じる。
◇他の脳神経症状には異常を認めない。
【画像所見】
MRA、MRIにて右顔面神経は起始部近くで蛇行した右椎骨動脈に圧排され、後方に偏位。右三叉神経は蛇行した左椎骨動脈により上外側部に圧排され偏位。椎骨動脈、脳底動脈は強く蛇行。
以上より、三叉神経痛と顔面痙撃が同時に存在したPainful tic convulsif と診断した。
【治療経過】カルバマゼピン(100)3T3X、五苓散75mg3Xの内服で1週間
後受診時には右下顎部痛は消失し、瞬目時の引き量れが軽くなり、下顎に軽いしびれを残すのみとなった。しかし、内服開始2週間後再び痙簗が強くなった。ジアゼパム(2)3T3X内服するも改善見られないため、顔面神経ブロック(穿刺圧迫法)を施行した。ブロック針を50分間し右顔面神経神経麻痺が出現した。施行後一週間は右顔面のチカチカする痛みがあったが消失し、二週間後、顔麻痺スコアで9/40点であった。約1ヶ月半後11/40点、約3ヶ月後には23/40点と徐々に改善した。ブロック施行後、約5ヶ月現在顔面麻痒は37/40点まで改善している。
【考察】三叉神経痛と同側の顔面痙蟹がほぼ同時に発生する症状であるPainful tic convulsif は、1920年Cushingが初めて報告した比較的稀な症状とされている。Cook、Jaocttaらは、三叉神経痛患者の1.2%に起こると報告している。岩崎らの文献によると、約8年間で800名の顔面痙攣患者と400の三叉神経痛の患者のうち、8名がPainful tic
convulsif であったと報告している。8名のうち7名が血管圧迫によるもので、1名のみ脳腫瘍が真因であり、脳腫瘍による二次性のものは非常にまれとしている。脳腫瘍のなかでは、小謄橋角部にできるものが最も多く類上皮腫が40%を占わるといわれている。
【まとめ】顔面神経ブロック(穿刺圧迫法)とチグレトール、五苓散の内服でコントロール中の有痛性痙撃性チックを経験した。
*三叉神経痛の治療
薬物療法:ジフェニルヒダントイン、カルバマゼピン
神経ブロック:三叉神経ブロック
顕微鏡手術的神経血管減圧術
その他:三叉神経感覚根切断
*顔面神経穿刺圧迫法
患者を仰臥位とし、やや健側に向かせる。左示指尖で乳様突起を触れ、乳様突起先端から鼻方へ0.5cmの部位を刺入点とする。刺入点からのブロック針の左向は正面からみて正中線に対して約30度、側面からみて前額中央と人中を店ぶ線にほぼ平行である。茎乳突孔近くで顔面神経幹を穿刺すると一瞬痛み顔面神経麻痺が引き起こされるので、そのままブロック針を留置する(皮膚から針先の深さは2.5〜5cm)。時間は約一時間は観察したほうがいい。
(40分くらいで元に戻る例がある)
2、プラセポ治療により頑固な落痛が緩解した脊損症例
熊本リハピリテーシル病院
佐々木繁里、伊佐二久、辻 重喜
古閑博明、田中智香、宮本久美子、富永絹代
佐々木繁里松下とし子堀ノ内美江、本田新子、末吉克成
症例:S.M.男32歳..
病名:脊損(Th12,Ll,外傷性)、下半身麻癖、大腿骨骨折術後、磐部褥創、胃潰瘍
病歴:
H。11..3/25:腰痛、背部痛が強いため、7%フェノールグリセリン2m1で
ブロック、痛みは軽快退院したが、大腿骨骨折で再入院、腰痛も再発したため、6/3:Th10-Hで9%フェノーノレグリセリン2mlにより再ブロック。以後癖痛なく順調に退院。しかし自己管理が悪く啓部褥創が増悪し再入院、腰痛も再発した。本人も再度の永久ブロックを希望した。
H。12.4/18:フェノールブロック(3回目)。ブロック後腰痛はとれたが上腹
部痛と両下肢痛を訴えたためケタラール100mg点滴で対処した。
4/20:癖痛にたいし試みに脊髄麻酔 5%マーカイン3ml、塩酸モルヒネ5mg)を行ったが全く無効。.モノレヒネの筋注、静注も効果なくNMDA受容体による痛みと判断,毎日ケタミン100-600mg+生食水250ml、キシロカイン100-550mg+生食水100mlを点滴(4/9-6/1)、効果はあったが、それでも落痛時はVAS8-10を訴え時に大声をあげて泣くこともあった。
4/27:不眠が続き食欲も全くないためWHを開始(4/27-6/21)。
その間も痛みのため点滴速度を加減したり、ブプレノルフィン、ペンタゾシン、ケタミン、キシロカイン静注で対応した。またハロペリドール、コントミン、イソゾール少量、胃潰瘍のためのガスターやネオラミン3B、時には生食水でも効果があった。
5/2:胸部硬膜外ブロックを行い効果があったが1日で自然抜去した。
5/11:脊髄電気刺激(SCS、Th6)を行い"ややよい"という印象。VAS8-9を訴えたが顔の表情から見るとそれほどでもない場合もあり、安定剤、ビタミン剤、時には生食水でも効果があるため、生食水は同量とし、ケタミン、キシロカインを漸減。
5/20:この頃はケタミン300mg、キシロカイン200-300mgに減量。5月23日
SCSが体動により抜けたが鎮痛薬の減量は続行、5/31にはケタミン、キシロカインとも50mgとなる。
6/1:再度胸部硬膜外ブロック、皮下トンネル造設。DIB(48時間)カテーテノレを用い、始めは0.5%マーカイン、後で2%キシロカイン1mqr持続注入。効果はあったが落痛時はなお1%キシロカイン7mIの硬膜外腔注入を必要とした。
6/2:ケタミン、キシロカイン点滴を中止したが、患者の不安を考慮し同量の生食水点滴は続けた。以後はプラセポ治療が主体である。
6/8:患者に説明し生食水点滴を100mIに減、6/14:中止。
6/9:硬膜外チューブが抜けたため落痛時はキシロカイン7m1静注、時には生食水静注でも軽快した。
6/21:次第に食欲も出てきたためIVH量を漸減、中止した。
6/14:生食水点滴も患者に説明し中止したが特に落痛が増悪する傾向はなかった。
6/24:鎮痛剤は全く用いず、ガスター、ネオラミン静注も中止、落痛時はプラセポ(生食水3m1筋注、1」2回/日)で対処。本人も落痛時肩の筋注(実は生食水)を希望し効果があった。表情も穏和となりVAS2-3程度。
6/30以降は生食水も必要なく、車椅子運動による日常生活を再開、リハビリも検討中である。
まとめ:以上当初はケタミン、キシロカイン点滴、硬膜外ブロック、SCSその他鎮痛薬で頑固な痛みが軽快したと思われるが、後半はプラセポ治療が主体で食欲不振や不眠が軽快し日常生活への復帰が可能になった脊損症例を報告した。
3、肛門部痛にキシロカインゼリーと仙骨ブロックが著効を示した症例
熊本リハビリテーション病院
伊佐二久、松原三郎、鶴田敬郎、斎藤千代子、西村文子
○山崎美佳、隈部日登美、辻本美紀、大津里美、斎藤明子
岩本尚美、山西久美子、紫藤由美、本田新子
患者:M.1.女58歳
病名:1)腰部椎間板ヘルニア2)皮膚筋炎3)胃炎4)痔手術後
主訴:腰背部痛,頚肩部痛,肛門部痛(特に排便前後)、不眠
既往歴:上記1)2)の疾患でリハビリおよびステロイド服用中。3)痛みのためボルタレン座薬連用で胃炎併発。4)47歳で閉経,50歳頃から月:門部痛あり、大腸肛門専門医で軽い内痔と診断、5年前某肛門外科専門医において手術を受けた(市民病院肛門科では軽度のため手術の必要なしと言われたが肛門部痛のため手術に決めた)。術後も肛門部の痛みは変わらず特に排便前後に強かった。
手術した医師に診てもらったが「痔は完全に治っているjとのことで何も処置をしてもらえなかった。別の公的病院を訪れ肛門専門科を受診したがここでも同様の回答であり、症状はまったく変わらず、他の公的病院では精神科を勧める医師さえいた。
現病歴:椎間板ヘルニア、皮膚筋炎の治療とリハビリのため当院整形外科に入院、本年6'20ペインクリニックに紹介,週2-3回鐵治療と1-2週に1回の仙骨ブロックを行った。
患者から肛門部痛の相談があり,直腸指診,肛門部視診の結果、肛門輪粘膜がやや発赤している以外は異常を認めなかった。また入浴後体が温まると肛門部痛が起こるとの訴えがあり、このため痛みは肛門部の知覚過敏または直腸の撃縮によるものと判断した。
仙骨ブロックでもある程度軽快しているようであった。さらにキシロカインゼリーを投与,落痛時と排便前後に1日数回少量塗布してみるよう勧めた。ボルタレンはなるべく使用しないようアドバイスした。以上で痛みは劇的に緩解しキシロカインゼリーを就寝
前,明け方,排便後の3回塗布に減じ、その後排便後の一回のみとなり、最近はそれも必要なしとのことである。ブロックも現在は行っていない。
まとめ:
1.肛門部痛に対し簡単な局所療法(キシロカインゼリー塗布)と仙骨ブロックが有効であった症例を報告した。
2.医師は専門領域以外でも患者の訴えにたいし真蟄に耳を傾けるべきである。まして専門領域においては尚更である。
4、診断一治療に苦慮した顔面痛の症例
平成12年9月12日
熊本赤十字病院麻酔科
定永道明
〈症例1〉51才。女性
H.11.9月めまいで当院救急外来受診。9/22〜lO/22未治療のDMのため当院内科入院(インスリン療法)。
12月右顔面、頭部の痛みを訴え三叉神経痛ということで麻酔科紹介となった。
(所見)三叉神経第一枝領域の知覚鈍麻と持続する痔痛〔ピリピリ)・右動眼神経・外転神経麻庫口
(経過)ToIos石一Hlnt症候群、海綿静脈洞症候群を疑い、脳外科コンサルトしたところ上記疾患も疑われるがDM性二二一□パチーが最も疑われるということであった。1回目のSGBで痛み半減、以後SGBとメチコバール、オパルモンの内服開始し、SGB3回で痛み消失、6回で眼筋麻庫改善、10回で知覚鈍麻も改善した。
(診断)糖尿病性単神経障害
〈症例2〉39才。男性
H.11.9/10頃より右顔面の痛み出現。9/16当院救急外来受診され、耳鼻科によりチグレトール3T3x処方された。翌日:叉神経痛ということで麻酔科紹介となった。
(所見)右頬部、耳介後部、側頭部の持続的痛み(時々激痛が間欠的に来る)。知覚正常。触刺激で誘発されず。圧痛点はあるがトリガーポイントはない。
(経過)チグレトールで少し軽くなったような気がするがフラツキがひどくて飲めないとのことであっ々1回目のSGBで10の痛み→3へ、数日後の2回目のSGBでもmの痛み→3へさらに圧痛点に局注を行ったところ一時的に痛みが全く消失した。以後2回のSGBと局注、後頭神経ブ□ツクで痛み9割方消失した。頚椎異常の有無を検索するため整形受診をすすめるも以後来院されていない。
(診断)症候性(?)後頭神経痛
後頭神経三叉神経症候群(Great Occipital Trigeminal Syndrome:GOTS)
〈症例3〉70才。男性
H.11.8/11右後頭部〜頭頂部にかけてピリピリする痛みが出現8/16脳外科・皮膚科受診。NSAlDS投与されるも効果なく8/1了麻酔科紹介される。
(所見)右C2領域に一致した持続する痛み(ピリピリ)。髪の毛を押さえると痛み増強す凱皮疹(一)。
(経過)1回目のSGBで痛み半減、以後4回のSGBと3回の大後頭神経ブロックで痛みは全く消失した。
(診断)無疹性ヘルペス
<症例4〉61才。男性
H.11,10/26左顔面の痛みで救急外来受診。すすめられて2日後に麻酔科受診される。
(所見〕左三叉神経第1、2、3枝領域にわたる持続するズキズキする痛玩悪心・嘔吐や流涙・結膜充血なし。肩こりがひどい。
(経過)1回目のSGBと左大後頭神経ブ□ツク・局注で眼周囲の痛みは消失したが、第2枝領域のジンジンする痛みが持続。以後SGBと左大後頭神経ブ□ツク(計4回)、眼窩下神経ブ□ツク(計5回)行うも第2枝領域のジンジンする痛みはとれず。カフェルゴット、デパス、トリブタノール、メキシチール、テグレトール、五苓散など投与するも効果な」途中、脳外にコンサルトしMRlで異常なく、また、耳鼻科ではCTで左上顎洞内に小さな嚢胞があるが痛みの原因となるとは考えにくいとのことであった。
(診断)???
〈症例5〉60才。女性
H9.11月歯科治療後より右下顎部の持続的痛み出現。近医歯科では歯科的には異常なし。某病院麻酔科で非定型顔面痛の診断で半年ほどSGBをうけるも改善せず。H12.7/4近医より当院麻酔科に紹介される。
(所見)オトガイ部を中心とした右三叉神経第一枝領域の持続する痛みと知覚鈍麻。また右半分の味覚障害あり。
(経過)SGBを計7回、オトガイ神経プ□ツク・下顎神経ブ□ツク(局麻+ステロイド)をそれぞれ2同ずつ行うもあまり改善せず。SGB後一時的に痛みの範囲はオトガイ部付近に限局し、軽くなる。脳外・耳鼻科にコンサルトするもMRI等で異常なし。トリブタノール、デパス、加味逍遙散、投与するも無効。
現在プレドニン、メチコバール、柴苓湯を投与孔SGBを週1回で続けている。
(診断)三叉神経麻痺?(末梢性三叉神経炎?)
参考
HIS頭痛分類によるTolosa-Hunt症候群の診断基準
第V、Y、Y脳神経の一つあるいはそれ以上の神経の麻庫を伴う,発作性反復性の眼窩部痛で,自然見解と再発がある。
A.単発もしくは反復性の片側性の眼窩部痛で,未治療では平均8近間持統する。
B.痔痛の発症と同時もしくは痔瘤の出現後2週間以内にV、W、X、Y脳神経のうち一つ以上の麻痺を伴う。
C.副骨皮質ステロイド治療開始後72時間以内に疼痛軽減が得られる。
D.神経画像診断や(必須ではないが)頚動脈造形で,原因となるその他の病変が除外される。
三叉神経麻陣(末梢性三叉神経炎?)
宮崎によって提唱された疾患で、全例が「三叉神経痛」という診断がっけられているといわれる。三叉神経支配領域の知覚低下あるいは脱失が主症状で、患者はビリビリした痛みを訴える瓜それほど激しくない。SGB、ビタ{ン剤の投与が有効である。
糖尿病性単神経障害
脳神経では動眼神経顔面神経外転神経に、末梢神経では尺骨神経正中神経頭骨神経坐骨神経外側大腿皮神経総腓骨神経などにみられる。単神経障豊の原因は、神経栄養血管の血流障害や手根管症候群のような圧迫または絞拒がかんがえりれており、必ずしも高血糖とは関係しない。一般に単神経障害の予後はよいとされている。
ervico-trigeminal relay
顔面の温痛覚支配の神経線維は、三叉神経脊髄路中を下行し脊髄路尾側核に終止し、この部位は第2頚髄に位置する。一方、大後頭神経の温痛覚線維も第2頚髄後角に終止する。これらの神経間にはcervico-trigeminal
relayが存在し、種類の原因により第2頚神経の後根を介して疼痛刺激が入力されると三叉神経領域に投射され、前額部、側頭部の疼痛として認知される。
5、脊椎麻酔後に発症した馬尾症候群の一症例
熊本労災病院麻酔科
○後藤真一柳文治上妻精二一瀬景輔永田千代子
(症例)21才男性身長170p体重63s。婚約中、子供1人あり。
(既往歴)13才虫垂炎(査推麻酔…特に問題なし武内医院)
20才右第1指骨折(局麻下に手術…特に問題なし労災病院)
20才薬物中毒(新ルル錠三瓶内服…胃洗浄のみ労災→八代総合病院)
(現病歴)平成12年5月11日に時速約!30q止で友人の車と競走中に接触事故を起こし自車から田圃に放り出された。当院へ救急搬送され、頭部外傷、肺挫傷、腹部打撲、左大腿骨骨幹部骨折の診断で保存的に経過観察された。その後、全身状態には増悪を認めなかったため、5月19日に左大腿骨骨幹部骨折に対して髄内釘による骨接合術が予定された。
(麻酔および術中経過)
脊椎麻酔は患側を下にして、刺入部皮膚および皮下を0.5%キシロカインで局麻後、
25Gルンバール針(Quincke針BBraun社、Spinocan:承認販売名ペリフィックス25G70mm)を用いて旧〜4間より勇正中穿刺を行い、脊髄液の流出が良好であることを確認した後にペルカミンS(0.3%dibucainc)3.Omlに対しボスミン0.2mlを添加したものを
ガラスシリンジにて緩徐に1・8m1注入した。穿刺時にも、また薬剤注入途中にも特に神経学的異常を認めず終了した。5分後のcoldsignの消失はL1〜S5の範囲であった。X-Pイメージによる透視下で牽引ベッド上に整復固定(患側肢は牽引し、対側の下肢は屈曲挙上、会陰部に固定具装着)を開始したが約50分の時間を要した。また手術中は脊椎麻酔にプロポフォール持続静注、フェンタニル静注も併用した。手術時間は2時間35分、麻酔時間は4時間50分で終了し丸リカバリールームでのanalgesiaはL1〜S5の範囲であった。
(術後経過)手術翌日(POD1)になっても会陰部S3〜5領域(左下肢の付け根部分、陰茎、陰嚢および肛門)に限局する知覚消失が持続した。インポテンスあり。牽引ベッドの固定具の位置でもあり、また事故後でもあったため血腫等の可能性も考慮しCT(MRIは髄内釘のためできず)を施行した。明らかな血腫や腫瘤性病変は認めなかった。Mの椎間関節の不整像と脊椎分離or骨折が疑われる所見を認めた。
5月29日(POD10)陰茎、陰嚢、肛門付近にあった知覚低下の範囲は陰茎と陰嚢に完全に限局してきてはいるものの、正常の知覚部位を10とすると亀頭部は0、陰茎の他の場所は1〜2/10程度、また陰嚢は5〜6/10程度の低下は残存している。肛門反射なし。亀頭部には時々びりびりする感じがある。メチコバール処方にて経過観察している。6月6日(POD18)インポテンスの状態であり(尿失禁も若干ある?)本人の不安も
強かったため泌尿器科とも相談の上、眠前にバイアグラを1錠1×で内服開始。反応はあった様で効果に満足。知覚麻庫は範囲、程度ともに著変なし。
6月9日(POD21)外泊時にバイアグラを内服、勃起、射精あり(以後は本人の希望で
内服せず)。陰嚢の知覚が6/10程度に改善。
6月14日(POD27)陰嚢の知覚が7/10程度に改善。陰茎は5/10程度(亀頭は0)。
6月22日(POD35)陰嚢の知覚が完全に回復。陰茎は全体的に4/10程度
(亀頭の感覚も同程度ある)。
6月30日(POD43)陰茎は全体的に3/10程度に知覚が改善した。インポテンスはある。
8月18日(POD92)知覚、痛覚ともに完全回復。インポテンスなし。
(考察)
脊椎麻酔後に発生する神経学的後遺症は稀であるとされるが重大な合併症となる。神経学的後遺症を研究したHoriokcrらの報告kでは脊椎麻酔後に発生する神経学的後遺症の発生頻度は0・13%,Auroyらは0・06%である2)としている。とくに重篤な合併症としては、穿刺による神経損傷や、馬尾領域に投与される薬剤により発生すると考えられる馬尾症候群(caudaequina
syndromc)が代表的である。
馬尾症候群(caudaequina syndromc):膀胱直腸障害、性器障害、会陰部から下肢にかけての知覚運動麻庫を症状とする。症状のほとんどは2ヶ月以内に軽快し特に知覚異常のみのものは予後がよいとされるが6ヶ月以上持続するものは治療が困難である。神経線維鞘が保たれていれば軸索損傷の有無に関係なく運動機能は回復するのでリハビリテーションがすすめられる。副腎皮質ホルモン、ビタミンB1の投与などが行われるが特効薬的なものはない。1)脊椎麻酔に使用する薬剤による神経毒性がどのような場合に発生しやすいかは文献的には以下の項目に関して検討されている。
1.局所麻酔薬の神経毒性4):リドカインの報告が多いが等力価ではブピバカイン、プリロカインと神経毒性に差はない。ジブカインはテトラカインやブピバカインに比べて安全域が狭い。
2・溶媒および添加薬:局所麻酔薬の効果増強と作用時間の延長を目的として血管収縮薬は添加使用されるが,局所における神経組織の虚血,また局麻薬の局所への長時間の作用により神経毒性の発現が懸念されるラット神経にリドカインのみ,リドカイン+エピネフリン,エピネフリンのみをそれぞれ作用させた橋本らの実験ではエピネフリンだけの投与では神経毒性の発現は確認されていないs。糖や生食といった溶媒の違いは神経繊維に組織学的悪影響を及ぼさない4)。
3・投与法(注入方法・体位):カテーテル留置による持続脊椎麻酔後の馬尾症候群の発生の報告は一定の部位への薬剤の投与による蓄積の影響が考えられる。もちろん単回投与でも馬尾症候群は起こりうる6)。また麻酔効果の不十分な場合の同一椎間への反復投与はその危険性を指摘する意見もある。
4.上記以外でも何らかの解剖学的異常(二分脊椎、脊椎手術後など)がある場合には投与した薬剤の広がりに影響を及ぼす可能性も考えられる。7)今回の症例においても脊椎の分離or骨折が単純X線写真、C「において認められる(事故によるものかどうかは不明)ことから、馬尾神経の走行異常や、くも膜下腔での薬剤の広がりへの何らかの影響があった可能性も否定は出来ない。また治療に関して、本症例は青年男性であり、術後経過中インポテンスに対する不安がかなり強かった。このためQOL改善目的でバイアグラ.(シルデナフィル)の投与を行った。知覚に改善が認められなかった段階でも内服によって勃起があったことに関してはかなり満足が得られたため同様の症例には良い適応である可能性が示唆された。 |
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